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新潟地方裁判所 昭和29年(行)20号 判決 1957年4月27日

原告 坪谷嘉太郎

被告 新潟県知事

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十九年二月十一日になした宗教法人元海寺の規則を認証する旨の決定の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、「(一)被告は昭和二十九年二月十一日、訴外旧宗教法人(昭和二十年勅令第七百十九号宗教法人令の規定による宗教法人。以下同じ)元海寺より昭和二十七年八月三日附を以て認証申請のあつた宗教法人元海寺の規則を、宗教法人法附則第五項同法第十四条の規定に従い、認証する旨の決定をし、原告は昭和二十九年三月八日右認証決定のあつたことを知つた。(二)しかしながら、右認証決定には次の如き違法があり、無効の処分といわなければならない。すなわち、(イ)信者その他の利害関係人に対し、本件規則の案の要旨を示して宗教法人を設立しようとする旨を、信者その他の利害関係人に周知させるに適当な方法で公告をしていないのに拘らず、これを看過してなされた本件認証決定は宗教法人法附則第五項、同法第十二条第二項、第三項、第十四条第一項第三号の規定に違反するものである。(ロ)旧宗教法人元海寺々院規則第三十四条の規定によれば、寺院規則を変更せんとする時は、住職において法類総代及び総代(すなわち信徒総代、以下同じ)の同意を得べきことが要件とされているところ、本件規則に関する決定については法類総代及び総代の同意を欠いているにも拘らず、これを無視してなされた本件認証決定は宗教法人法附則第五項、第十一項、同法第十四条第一項第二号の規定に違反する。(ハ)宗教法人法附則第十七項、第十五項の規定によれば、旧宗教法人が同法施行の日(昭和二十六年四月三日)から一年六月以内に規則の認証の申請をしなかつた場合は、右期間の満了の日において解散するものとされているところ、本件規則の認証の申請が現実になされたのは右期間の満了後であつて、旧宗教法人元海寺は右期間満了の日を以て既に解散しているのであるから、かゝる者の申請にかゝる本件規則の認証決定は違法である。(三)元来元海寺は旧新発田藩主溝口家の祈願所であつて、廃藩の際旧藩士の有志が旧主のためにこれを維持しようと図つたが、寺とはいゝながら、狭い境内に小さな堂と住む庫裡があるのみで、墓地もなく、壇家も溝口家のみで、他に信徒もないところから、旧藩士のみでは寺の維持が困難であつたので、町内の者にも協力、参加を求めた。原告はこの求めに応じて参加した一人で、篤く元海寺を信仰し、礼拝を怠らなかつたので、その篤信を認められて信徒総代に挙げられるに至つた。原告は爾来大日講の講員を増して寺の経済を図り、私財を投じて境内に泉水を設ける等風致を添え、堂宇を修理し、山門を建立する等寺の面目を一新し、更に前住職倉本快隣の遺言に従い現住職の倉本快宣を修業せしめて、住職にしたのである。しかしながら時勢の推移と共に、次第に信徒も減じ、大日講も衰微し、昭和十年八月住職になつた倉本快宣は此の状態に、講にも出席せず、縁日も開かず、他寺を廻るをことゝとしていたので、信徒の心も離れ、同住職が応召出征した後は、元海寺は信徒も住職もなく完全な廃寺となり、庫裡には疎開者が居住し、境内の空地は物置場と化してしまつた。終戦後は更に荒廃が甚しく、庫裡は貸屋となり、復員した住職は、元海寺で寺務を執ることもなく、信仰上の儀式も取行わず、元海寺のために布教しようとの気持も毛頭なく、他寺の住職となつてこれに移り住み、元海寺住職兼職は名のみであつて、単に家賃取立のため元海寺と連絡を保つているというに過ぎない有様である。このため原告としては、元海寺を廃して、堂、庫裡、境内地等をその儘新発田市に寄附し、託児所等の設備にしたいというのが念願なのである。以上のように原告は旧宗教法人元海寺の信徒総代であつて、同寺に対し多大の利害関係を有するものであるから、被告の本件認証決定が無効であることの確認を求めるため、本訴に及んだ」と述べ、更に被告の主張に対し、「被告主張のような掲示のなされたことは認めるけれども、これは宗教法人法第十二条第二項に所謂信者その他の利害関係人に周知させるに適当な方法による公告とはいえない。また、当時法類総代が選任されていなかつたことは認めるけれども、法類はあつたのであるから、本件規則に関する決定については特にその総代を選任した上で、その同意を得べきであつて、この手続を省略したのは違法たるを免れない」と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する」旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実中前掲(一)記載の事実のうち、原告主張の日に、その主張のような認証決定をしたことは認める。同(二)記載の事実は否認する。旧宗教法人元海寺は本件規則の案の要旨を示して宗教法人を設立しようとする旨を、昭和二十七年七月二十八日より同年八月六日迄の間同寺院本堂(すなわち事務所)に掲示公告しており、また、旧宗教法人元海寺の規則変更に関する手続が原告主張の如く法類総代及び総代の同意を得べきものとせられていること及び本件規則に関する決定につき法類総代の同意が得られていないこと(但し、総代の同意は得られている)はいずれも認めるけれども、当時法類はなく、従つてその総代も選任されていないのであるから、その同意を要しないことは当然であり、更に、本件規則認証の申請は昭和二十七年九月十五、六日頃になされているのであるから、被告の本件認証決定には、原告主張のような違法はない。同(三)記載の事実は知らない」と述べた。

(立証省略)

理由

被告が昭和二十九年二月十一日、訴外旧宗教法人元海寺より昭和二十七年八月三日附を以て認証申請のあつた宗教法人元海寺の規則を、宗教法人法附則第五項、同法第十四条の規定に従い、認証する旨の決定をしたことは、当事者間に争がない。ところで、原告の本訴請求が、要するに、被告の右認証決定には違法の点があり、無効のものであるから、原告は旧宗教法人元海寺の信徒総代及び利害関係人として、右認証決定の無効確認を求めるというにあることは、原告の明らかに主張するところであるが、しかしながら、一般に旧宗教法人が宗教法人法附則第五項の規定により同法の宗教法人となつたからといつて、当該旧宗教法人の信者その他の利害関係人であつた者がこれにより直ちに何等かの不利益を受けるということは考えられないところであつて、このことは、右切換手続の過程において、偶々原告主張のような不備な点があつたとしても、何等変りはない。すなわち、旧宗教法人が新たに宗教法人法による宗教団体として発足し存続することは、むしろ当該旧宗教法人の信者その他の利害関係人の一般的意思に合致するところであり、その限りにおいては、これらの信者その他の利害関係人(それが壇徒又は信徒総代であるとしても)に対し、新宗教法人の規則の認証決定(すなわち新法人の設立)につき、その無効の主張を許す必要はないであろう。蓋し、特定の信者その他の利害関係人の具体的意思が当該宗教団体が新宗教法人として存続することを望まない場合は、新宗教法人との関係に入ることを拒否すれば足り、その信教の自由と雖も、直ちにこれ等の者に対し新宗教法人の成立を阻止し得べき権限を保障するものではないからである。(のみならず、そもそも信者その他の利害関係人よりの認証無効確認の請求が認容された場合の当該判決の第三者に及ぼす効力等について宗教法人法が全く沈黙していること及び、同法が規則の認証ができない旨の決定に対しては当該申請者からの異議、訴願という不服申立の手続を明定しながら、規則を認証する旨の決定に対する信者その他の利害関係人からの不服申立の途を考慮していないこと等よりして、同法は信者その他の利害関係人が規則の認証決定に対しその無効を主張することを予想していないと窺える点からも以上述べたことが首肯されるであろう)

若し、原告の主張にして、原告が旧宗教法人元海寺の時代又はそれ以前に同寺に対して経済的援助を与え、大いに貢献するところがあつたことを以て、同寺の財産に対し、単なるその信者(又は信徒総代)以上の何等かの権利を有するとの理由により、本件認証決定の無効確認を求める利益を有するというのであれば、その議論の失当であることは多く論ずる迄もないところであるが、そうではなくて、原告が旧宗教法人元海寺の信徒総代であつて、同寺が殆んど宗教団体としての実体を有せず、何等宗教活動も行わず、また宗教団体の目的を逸脱した行為がある等の理由により、これが宗教法人法による宗教法人として存続するを見るに堪えず、これを解散せしめて、その財産を以て公共用の施設に活用したいと念願するにあるというのであれば、その目的の達成は、特に宗教法人法が規定する同法第八十条、第八十一条等の手続によるべきものであつて、本訴請求のような手段によるべきではないのである。

以上要するに、被告の本件認証決定の無効確認を求める原告の本件訴は確認の利益を欠くものとして不適法であるというべきであるから、これを却下することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 真船孝允)

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